2017年12月28日木曜日

仏料理店「Le Gaulois(ル・ゴロワ)」に行ってまいりました!


本日は仕事納めということで(?)組合職員は事務所から徒歩圏内にあるフランス料理店「Le Gaulois(ル・ゴロワ)」でランチ会をしました。

ランチコースはサラダ・メイン(4種類から選べました)・パン・デザート付きで1,490円。

本日のスープとドリンクを追加注文しました。



本日のスープ・ニンジンのスープ
メインはガレットにしてみました
 


デザートはカスタードクリームの上に泡立てたメレンゲと飴細工が!
 
 
陽気なフランス人シェフの鼻唄を聴きながらのランチはとても美味しかったです^^
専務、ごちそうさまでした!

ちなみに専務はフランス語でシェフと挨拶したり、アンケートに回答したり・・・!!
博学ぶりにびっくりした事務員でした。
 
 
さて、皆様、
本年は大変お世話になりました。
 
来年も組合員様、賛助会員様のために色々な取り組みをして参りますので、どうぞよろしくお願いします。
 
良いお年をお迎えください!
 
 


2017年12月27日水曜日

常栄寺雪舟庭ライトアップイベント


山口市のイベント「12月、山口はクリスマス市になる」の一環として
常栄寺雪舟庭がライトアップイベント「大内の灯りin雪舟庭」を期間限定で開催していました。

入口周辺


12/23-25の期間限定で、それほど大々的な宣伝を見かけなかったのですが、門の前には18時からの開園に合わせて多くの人と車が集まっていました。


メインカラーは青色。
時間の経過に合わせ、ライティングの色がピンクやグリーンに変化していく様は幻想的で、他の方からも歓声が上がっていました。
500円でお抹茶とお菓子のお接待もありましたよ^^

また、常栄寺からほど近い瑠璃光寺五重塔もライトアップされていました。


こちらは通年、日没~22時まで実施されているそうです。
12/23に行ってみたのですがクリスマスイブ前日のにぎやかな世間とは対照的に、とても静かで、厳かな雰囲気でした。

おすすめなので是非行かれてみてください^^




2017年12月21日木曜日

”割烹ひさご"にて会食


12/20の夜は、株式会社山口県管工事会館の株主総会が行われました。

その後は湯田温泉の人気割烹、 ”割烹ひさご" にて会食です。




ひとつひとつにこだわりが感じられる、繊細なお料理を頂きました。
器も素敵でした。

(たくさんのお料理がありましたが撮影しそびれました。。)

参加された皆様もとても満足されたようです。

お世話になりました!

技能五輪等技能競技大会入賞者表彰式


12/20、山口県庁4階にて技能五輪等技能競技大会入賞者表彰式が行われました。


入賞者は計21名、

当組合からは㈱桐田商会より三澤亮太氏が出席いたしました。
(第55回技能五輪全国大会・配管種目で銅賞・写真は競技中の三澤氏)





知事よりお祝いのことばを頂きました。




記念撮影も行われました。




表彰式後、組合事務所に寄ってくださいました!





今後のご活躍も楽しみにしています^^
ありがとうございました!



2017年12月20日水曜日

古地図を片手にまちを歩こう<小郡編・後編> ~明治維新と小郡~


前編からの続きです

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◎津市(ついち)の目抜き通りにある「元・宮市屋」の建物
 
 

 1859年に建てられたこの建物は、今も残っています。宮市屋は、幕末から明治維新にかけて諸隊の集会所ともなり、有志活躍の舞台でもあります。



◎本陣・三原屋跡地

 現在は、西中国信用金庫小郡支店となっていますが、維新前までは、「本陣」として、参勤交代の大名宿泊施設として使われていました。薩摩藩から輿入れした「篤姫」も宿泊したそうです。



 三原屋事件としても名高いですが、文久3年8月、幕府から長州藩による外国船砲撃事件を詰問するため、中根市之丞を詰問使とした一行が宿泊した際に、過激な諸隊士が随員3名を殺害(その後、難を逃れた中根を中関沖で殺害)した事件の場所です。




◎白髭社(しらひげしゃ)
 
 

 海の猿田彦とも言われ、長寿の神として崇められています。現在は、菓子舗「金子屋」の工場の脇に祠のみがあります。山口に政治堂を移した毛利藩が緊急の知らせを狼煙を使って岩国・下関等から収集した場所でもあります。




◎厚母家住宅(あつもけじゅうたく)
 
 

 古くから、小郡で、薬屋を営なんでおり、最盛期には7軒まで保有する元締め的薬屋でした。(ふれあい通りに面しています。)

 

◎藩米津出蔵跡(はんまい・つだしぐら・あと)
 
 

 東津橋の少し霜にあたる椹野川の土手下に今も残る1棟の倉庫があります。当時は山口本藩と小郡、美祢の3藩の米蔵として3棟ありました。

 江戸末期、椹野川の洪水の危機が迫ったことにより、時の大庄屋の秋本4代目が美祢の米蔵から米俵を土留めに使い、土手の決壊を防いだそうです。




● 振り出しの小郡ふれあいセンターに戻って、丁度2時間の散策コースでした。

 虎の巻を見ながらの解説でしたは、ガイド役もなかなか楽しいものでした。 ●

2017年12月19日火曜日

古地図を片手にまちを歩こう<小郡編・前編> ~明治維新と小郡~


 山口県観光連盟が今年と来年、幕末維新やまぐちデスティネーションキャンペーン・明治維新150年特別企画として、

「古地図を片手にまちを歩こう」

が県下31ヶ所で行われることとなり、津田専務の居所・小郡も参加しております。
 
過日、専務が初めてのガイド役を果たしましたので、その概要を報告します。
(なお、写真は、夏の研修中のものを使用しています。)

 

 江戸時代から山陽道と石州街道が交わる交通の要所であった小郡
 幕末期には山口への玄関口として軍事上重要な場所となりました。
 
 小郡では、江戸時代に作られた「御国廻御行程記」の古地図をもとに旧街道を歩きながら明治維新関連地などを巡ります。


※上記地図の小郡宰判勘場・御茶屋跡を出発点として、東西の街道(山陽街道)を行きつ戻りつ、東津橋までを散策します。

 


 

◎小郡宰判勘場・御茶屋跡

 江戸寛永年間に初代代官が任命されており、1650年ころには、この勘場が設置されたものと思われます。その後、旧小郡町役場となり、現在は、新丁公民館や民家、道路(ふれあい道路)等になっています。
 




勘場跡の名残の石垣
 慶応元年(1865)に大田市之進ほか御盾隊幹部ら50数名の兵士が、勘場を襲撃し、代官に軍資金を要求する事件が起き、大庄屋の林勇蔵がこれに応じる決断をし、維新変革に貢献しています。また、井上聞多(馨)も代官を務めています。


 ◎高札場(こうさつば)の跡

※現存している高札場は、萩市にあります。
 ※高札場・・・幕府や領主が決めた法度(はっと)や掟書(おきてがき)などを木の板札に書き、人目のひくように高く掲げておく場所のこと
 
◎山陽街道と接する石見街道の始発点の道標



◎信光寺(浄土真宗)

 維新前の奇兵隊決起後には、小郡でも諸隊が結成され、お寺に集結していました。
 この寺には、八幡隊と集義隊が合体して結成された「鋭武隊五番隊屯所」の看板が残されています。


 吉田松陰の叔父であり、元小郡代官でもあった玉木文之進が慶応元年に、この寺に役人、諸隊士、百姓らを集めて、長州藩の進むべき道を説きました。


後編に続きます!


2017年12月12日火曜日

山口県立博物館 展示 「やまぐちの大学」


展示「やまぐちの大学」

 山口県立博物館では、今月24日まで、「やまぐちの大学」と銘打って、県内13大学(短大)の秘蔵の資料を展示しています。

 津田専務は、過日同博物館で詳細を観覧してきました。

 5回目の今回は、これまで、各大学を会場に展示してきましたが、今年度は、一堂に介しての展示です。






展示の目的は、「山口県内大学の博物館・図書館等に所蔵される学術資料、研究成果や大学史等は、各大学の教育・研究理念を反映したものであり、地域の文化遺産とも言えます。これらを同時に公開することによって、観覧者は当県の高等教育機関の特色を理解することになり、地域活性化につながるものと考えます。」となっています。

 

 
 展示内容としては、山口大学からは、「山口高等中学校」時代の写真や吉田キャンパス出土の「音義木簡」、下関水産大学からは、練習船「耕洋丸」の設計図と模型、などがありました。

 また、卒業制作作品など、各大学の特色ある資料が展示されています。

 

山口芸術短期大学からは、異なる学科が共同して「絵本」製作を行った作品が展示されていました。